☆結婚だけが正解ではない.
今回、結婚の勧めということで記事にしてきました。
でも、途中、申し上げましたが「結婚しなければ不幸」ではありません。
その記事は、→
ここをクリック!
私が最も尊敬するナイチンゲールやヘレンケラーは未婚でした
。
彼女たちは不幸だったでしょうか。そんなことないですね。
恋に破れ、苦心惨憺し、結婚しないと決意されている人もいる。
年齢的にいまさらと思われている人もいる。
どっちつかずは苦しいでしょう。ぐじぐじすることは良くない。
決意できているなら未婚でも問題はないです。
男も度胸、女も度胸ですよ。^^
私、幸せとは「誰かを支える」ことだと思うのです。
伴侶がいないなら、それでもいい。誰かを支える。
創価家族だったり、親戚だったり、仕事関係者や友人だったり。
結婚したから幸福になるわけでもなく、結婚しなかったから不幸でもない。大事なことは「自分は自分でよかった」と思えるかどうか。
「僕は僕でよかった。満足した」と思ったら勝利者です。
私は見たのです。56年間の人生で。
人の幸福はカタチではない。心なんです。
大金持ちも、地位も名誉もある人も、資産のある人、いい男、いい女、およそ幸せにしか見えない人たちに沢山の不幸があることを見てきた。
貧しくても、見てくれの良くない人でも、幸せな人は沢山おられる。
私は給与を数百万円稼ぎ、ベンツに乗り、高級な家に住んで、ものすごく不幸な人をしっています。いわゆる「無間地獄」なんです。
見て思うことは、心の財第一なんですね。
境涯なんです。池田先生がおっしゃる通りなんです。
ニコニコしているけど、家庭は地獄だったりね。
結婚しなくても、世界の人々を伴侶と思えばよい。
あるいは、世界の子供を我が子と思えばよい。
所願満足はどういう立場であっても得られるのです。
とどのつまり、どのように生き、どのように死ぬかですから。
私には子供がおりませんから、跡取りがおりません。
母、義父、義母が亡くなれば妻と私だけ。
どちらかが先に亡くなります。でも、何ら不安もない。
ずっとそのことは想定してきたからです。
墓も購入を済ませました。最後は来世に渡るときの病室です。
お墓の記事は、→
ここをクリック!
病室に入っても周囲を励ましながら死にたい。
全部準備して私は死にますよ。
周囲に迷惑はかけない。
エンディングノートに一切を残し、なけなしの財産を分配する。
一番信頼のおける同志に託し、迷惑を極力かけないようにする。
何の憂いもなく病院に入り、そして寿命を終える。
御本尊があり学会がある。何の不安も心配もない。
私の理想は晴れやかに死ぬこと。
それは晴れやかに生きることでもあります。
私はそんな老後に向けて歩むつもりです。
以上で結婚の条件シリーズを終了します。
どうか、結婚したい人も、しない人も、幸せになりましょうね。
ガンバレ、あなた。ガンバレ、自分!^^
<別館>ブログトップへ