☆折伏は理屈ではない.
みーさんから以下のURL記事にご質問がありましたので回答します。
sokamori2.exblog.jp/26905903/
Q1.
恋人と学会宣言せず5年ほど付きあっておりました。しかし婚約した後に学会員であるという理由で別れを告げられました。
私の中で、どうしても彼に学会理解をして元に戻りたいと願っており、今も折伏の途中なのです。
彼から、『何でも願いが叶うのなら、どうして今日は雨が降ったの?諸天が守るんじゃないの?』って質問が来ました。
菊川さんなら何と返答されますでしょうか。
A1.
みーさんは、結婚を約束し合っていたのに「学会員であると話したら別れ話になった」とのこと。
「御本尊の功徳を感じている私にとって一緒に幸せになれるのに」と思われ、「現実を受け止めきれません」とのことでした。
結婚しようと5年間歩んでいらっしゃって、その関係が崩壊した・・
それは途方もなく悲しく、辛いことでしょう。
さて、どうすればいいのでしょうか。
その別れの原因が「学会員である」ということへの反感であるなら、これをどう受け止めるのかということになろうかと思います。
相手の男性がどのように考えているのか分かりませんが、自分の考え以外の影響力のある学会その存在が許せないのかも知れないし、偏見かも知れません。
恋人であってもそうでなくても世の中には学会を敵視し、反発する人がおります。親戚にも、会社にも、何かのサークルにも必ずいます。
そういう人たちの偏見は深く強い。
結婚を前提であられたとするなら、よほどの嫌悪感があるのでしょう。
これは私自身、答えに窮するのです。
今まで沢山、質問され、沢山回答をしてきましたが「こうだ」と言えないのです。みーさんのようなケースはあるのでしょうけど、私としては初めて接する内容なのです。
まず、学会員であることを5年間話されていなかった。
それが突然、急に学会員であることを告げられた。
相手の男性としては複雑な思いが生じたことでしょう。
学会はカルトである。オカシイ宗教である・・
そんな川の水を火と見るような人は世の中に沢山います。
素直に見れば「難」です。
この仏法を語った。そうしたら反対された。
「結婚しない、さようなら」と言われた。
これが結婚後の入信での問題なら、小説・人間革命にも書かれていますし、長期戦で解結ができた、ということは沢山ありますが、みーさんの場合は結婚前。結婚前だとすると長期戦は成り立ちにくい。
一緒の家に住んでいるなら対話できるとしても、別々に住んでいるのなら、追えばストーカーになるから。
そういう意味で、みーさんの場合は、今の情報量の中では「こうです」と言えないのです。
「どうすればいいのか」ということが思い浮かばないのです。
勿論、祈って、対話して、頑張る・・
それが普通の回答ですが、それでは全く納得できないでしょう。
私が回答に迷うのは「結婚前」ということなのです。
でも、ご質問のことですが、『何でも願いが叶うのなら、どうして今日は雨が降ったの?諸天が守るんじゃないの?』への回答ですが、これはその前の対話のプロセスが分からないのですが、「雨が降ったこと」が何か重要な問題だったのでしょうか?
このような問いへの答えは真剣に答える内容ではなく、自然の動きにまでその効果が及ぶと考えることは、よほどの信心がないと納得できるものではありません。
婦人部が「天気のことを祈る」という話をよくしていますが、私は「天気が祈りで変えられる訳がない」と思っていました。
43歳の時、ついに「天気すら叶う」という確信を持ちました。
それは私に信心の確信が生まれたからです。
福子の私ですら、43年もかかったのです。
天気の件は「そう思うのは当然よね。でも天気すら祈って叶うということはあるみたい」ぐらいで対話を終えるべきと感じます。
確信のない人からすると「いや、天気も変えられる」と言い張ると、余計に不信感が高まると思うからです。
身近な関係の折伏というのは「言葉」より「行動」が大事です。
美味しい料理を作る、Yシャツにアイロンを当ててあげる、笑顔で励ます・・人として、振る舞いとして、彼に尽くす。
その行為が「彼女はスゴイな」がイコール「学会はスゴイな」になる。
私は言葉、理屈からの応戦では納得しないと思うのです。
ですから、彼の幸福を祈りつつ愛情を注ぐ。
その中で理解を得ていくしかないように感じます。
以上、回答になっていない回答でスミマセン。
まずは、そのように感じたということで申し上げました。
何か、この記事でご意見があればおっしゃってください。
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