☆無知の知を知る.勝ち鬨55に当時の学会員の心情が記されていた。
悪僧たちの謀略で学会を脱会し、檀徒になった幹部の姿も描かれていた。
「すべて学会のお陰」と言っていた幹部が衣の権威を振りかざす僧侶の手先となり、学会を口汚く罵り、周囲に脱会をそそのかすに至る・・
その状況下の会員の気持ちとはいかなるものだったのでしょうか。
“寺の檀徒を作りたいなら、自分たちで折伏すればいいではないか!”
“それもせず、気の弱い学会員を脱会させ寺につけさせようとする!”
“卑怯者がすることだ! 信仰者のやることじゃない!”
(聖教新聞2月13日より)
日顕宗の僧侶らの考えは次のようなものでした。
「池田を会長から引きずり降ろし、弟子たちもまた脱会させる」
しかし、彼らは決定的な誤認をしていたと言えるでしょう。
誤認とは「嫌われていることが理解できない」こと。
さらに言えば「池田先生への会員の深い愛情を知らなかった」こと。
彼らは嫌われていることが分からなかったのです。
悪徳であり、卑怯者であり、会員としては憎悪の対象でしかなかった。
ストーカーは嫌われていてもそのことに気付かないらしい。
同様に日顕宗は学会員から忌み嫌われてしまったのです。
会員には帰るべきふるさとがありました。
それは宗門問題以前の学会です。
会員はだから、次のように思っていた。
“燦燦と光が降り注ぐような、あの自由な学会をまた作ろう!”
(聖教新聞2月13日より)
「光り輝く宗門」への思いではない。
あくまで「光り輝く学会」です。
それが学会員の心情だったし、今も同じ。
だから宗門と学会の別離で、学会員の97%が池田先生についた。
だから日顕の野望は完全に敗北しました。
その敗北の理由を宗門はいつ知るのでしょうか。
すでに気付いているのでしょうか。
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