☆消えたyamaさんとhana.
学生部時代に、yamaさんとhanaと固い友情が形成された。
私自身がその2人を尊敬し愛していることを述べた。
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所属の組織 は、※※13部でした。
学生部員は常に30名ほどいて、日曜日は朝から寺に出向き唱題、折座も頻繁だったし、様々な戦いがありました。
私はyamaさんの期待に添いたくて折伏し、1人を実らせました。
yamaさんと一緒にいたくて仕方ないのです。
心から惚れ込んでいましたから。^^
遊びも沢山したし、一緒にアルバイトもした。
情報は共有されているので、割のいいバイト先に先輩から後輩へと受け継がれていくものでした。
学会員の友人は沢山したし、大学でもそこそこ友人はいた。
そのほとんどは、「好きな人」でした。
ギターの好きな友人、オートバイの好きな友人、麻雀も楽しみました。
Yamaさんに誘われて、箱根の森美術館に遊びにも行った。
スケートをして何度もこけて、肘が二倍ほどに腫れた。^^
雑巾を丸めたボールとほうきのバットで野球もした。
海にも行った。なんだかんだ沢山の人と思い出はある。
でも、やっぱり、yamaさんとhanaが一番です。
その根本は「尊敬する心」です。
しかし、その楽しい時期が終わりました。
バラ色の時代 は、たったの2年で終わったのです。
Yamaさんは社会人となられ、学生部を卒業された。
ぽっかりと心に穴が開きました。Yamaさんがいない学生部は灰色でしたから。やがてHanaも私も大学を卒業し離ればなれに‥
そう、私は2人の愛すべき人を失ってしまった。
それだけではありません。他のsimoさんやumaや、その他の友人ともお別れ。皆、社会人として巣立ち、遠いところに分散したのです。
特に悲しかったのは、その後、yamaさんがアメリカに行かれてしまったこと。「もう、永遠に会えないのだ」と泣きました。
寂しくて、寂しくて、本当に辛かった。
自分だけが置いてけぼりになったようでした。
僕の人生 は僕自身が作らなければならないのだ、と悟りました。
もう、学生ではない。大人になるんだって。
大学を卒業し、東京の街の一角で会社員となりました。
男子部になり、好きな先輩もできず、活動しなくなりました。
そう、私の学生部での活動とは、愛する先輩のためのものだったのです。
尊敬すべき人たちが、私の目の前からいなくなって、私としてはやる意味もなくなったのです。火が消えたロウソクになりました。
ともあれ、ここから友情なき生活へと突入しました。
殺伐とした社会の中で、とにかく生きねばなりません。
私は独りぼっちで、暗い気持ちで歩き始めました。
尚、現在、yamaさんは奥さんと子供3人、優良企業の社長をしています。
Hanaは奥さんと子供2人、会社の部門長をしています。
信心もずば抜けています。素晴らしい2人です。^^
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