☆祈り切れば答えが出る.まず、私が浮気や離婚の渦中にある方々に申し上げたいことは、その結果がどうなろうと、どんなに惨めで辛くとも、御本尊への祈りと創価の哲理があれば、絶対に不幸にならないということです。
「本当ですか?」と聞きたいでしょうね。でも、本当ですよ。
たとえば西から太陽が昇り東に沈むことになろうと、海水の満ち引きがなくなろうと、もはや絶望的な状態になろうと、大聖人の仏法を根幹とするならば幸せになれるのです。
この表現の仕方は「極論」ですけれど、それを信じて歩むことが大事。
私は乗り越えた。私は幸せになりました。
私の人生における最大の功徳とは何だったか。
それは27歳のときの離婚の時に果たした信心だと思うのです。
(40歳からの窓際族の信心も同じく大きな功徳)
私は世界一惨めで、世界一苦しい局面に転落したのですが、その苦悩の体験がやがて私の人生を強く、賢く、豊かなものにしました。
必死でお題目を唱えました。一心不乱に・・
池田先生は信心について、次のようにご指導されています。
「宗教を比較、検証するうえで求められる尺度とは何か。
平易に表現すれば、人間を強くするのか弱くするのか、善くするのか悪くするのか、賢くするのか愚かにするのか、に要約されよう」と。
私はどうなったか。少なくとも、27歳のときの私に対し今、圧倒的に強く、善く、賢くなっています。能力も収入も哲学も信心も全部、比べものにならないほど大きく強くなりました。
過去の私は、世の中の人は善人と悪人に分けられると思っていました。
創価学会は善、他宗は悪。庶民は善、権力者は悪。
現代の世に言うならば、日本は善、北朝鮮は悪。
学会員同士が結婚して不幸になるなんて想像すらできなかった。
でも、創価学会の中にも悪人がいるし、庶民の中にも悪人はいる。
他宗の中に善人がいるし、権力者の中に善人もいる。
そして、奇妙なことに善人が悪人になったり、悪人が善人になったりもする。その善悪不二の現実を私は体験から知った。
この学びが、その後の人生の成長につながりました。
私は「師子は伴侶を求めず」の決意をしました。
以来、30年の歳月が流れました。
その私の体験は、→
ここをクリック!つくづく思うのです。そして感謝しているのです。
「離婚を体験して、本当によかった!」と。
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