☆大事なことは境涯らしい.
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以下に、私が壮年部の先輩に聞いた話を記します。
Q2. 伴侶の借金でお金に困っている人がいます。
宝くじが当たるようにと祈っているそうです。
そのような祈りでいいのでしょうか?
A2. 幸せになる祈りなら叶うでしょう。
でも幸せにならないなら叶わない。
不動産バブルの時、土地を売ったら3億円にもなった。
その人は現物でお金を収めてくれと言った。
一千万円の現金がトランクから出され、テーブルの上に並べられていった。そのお金が並べられているとき、その人はバタンと倒れた。
見慣れないお金を見てビックリして死んでしまった。
このようなことが本当にあるのです。
もし、そのようなことになるなら当たらないでしょう。
お金があるから幸せということはない。
宝くじが当たって不幸になる人が現実にいる。
今、お題目が上がっているなら、それは良いことです。
まず、祈りの根本は、自分自身の宿業を見つめ、その宿業となっている悪業を反省することなんです。
Q3. 祈りが叶う人と叶わない人がいます。
その差は、いったい、なぜでしょうか。
A3. 自分自身の宿業を見つめ、祈っているかどうかです。
他人のせいにしているならば叶わないでしょう。
悪い夫、悪い子供と思っているうちはだめ。
悪いのは当の本人。実は、悪い夫も悪い子供も、その原因は悪い妻、悪い母としての自分だと悟り、祈れるかどうかです。
罰は当たるのではなく出るもので、その人の境涯、宿業が出てくる。
お金に困るのも、家族が悪いのも、当の本人の宿業です。
和泉副会長がヨーロッパ指導したとき、夫がへそくりを見つけたことに腹を立てた夫人が、離婚できるように100万遍を唱えた。
しかし、その願いが叶わない。どうしてかと和泉副会長に聞く。
対話すると、その婦人は腹を立て、ケンカしてから食事も作らず、洗濯もしなくなった。そこで次のように指導したというのです。
人を不幸にする祈りは叶わない。まず、ご自身が悪い妻であった、悪い母であったと謝るべきだし、その罪障消滅を祈ることですと。
結果、夫も子供も良くなったというのです。
境涯が変わらないとモノもお金も入らない。
祈ることが目的になってもいけない。
100万遍あげることが目的となっている婦人部が一杯いる。
祈りの内容が百万遍をあげることになっている。
宿業と向き合っていない。ここなんです。
戸田先生は言われた。私の題目の一編は、10万遍分だと。
確信です。10月の御書、聖人御難事の「師子王の心」とは仏界です。
この仏界を湧現し、宿業を切る祈りをすることです。
指導をわざわざ受けたのではありません。
近しい方で、会合が終わって聞きました。
私は離婚、窓際族、各種の祈りがことごとく叶いましたが、確かにその祈りは「悪いのは自分」という祈りでした。
ここがポイントかもしれません。
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