☆学会と同志を批判する人々.
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以下に、前回のご質問の回答(個人的な所感)を申し上げます。
A1.
ご質問を、しばし考えていました。
ブログを始めて8年になろうとしている私。
この8年の間、沢山のオゾマシい出来事がありました。
私が驚いたことは、最もひどい誹謗が内部の人間によって行われるという現実です。内部事情に詳しいため、批判の方法が多岐にわたり、しかも延々と続くのです。
ある意味、敵対している宗教関係者の批判は、学会員からするとウソがすぐに分かりますが、内部批判者は、様々な事実にウソを巧みに盛り込むため、真実かウソかが見分けがつきにくいのです。
彼らはそういう批判を意図的に計算して行います。
あるいは「こいつはレベルの低い奴」とか「売名行為だ」などと色メガネで決めつけて、なんだかんだと理由をつけて批判します。
あるいは事実を1つ、2つ、3つと重ねて信用させ4つ目にウソを入れます。
この手法で批判の対象を悪者に仕立てるのです。
私は50歳を超えて老眼となり、文字が一時よく見えない時期がありましたが、その理由から誤字があるだけで、「奴は偉そうなことを言うが、実際は馬鹿だ」というような批判も浴びました。
思いやりの欠如した、意地の悪い人たちでした。
私が長く彼らの異常を見破れなかったのは、批判者の心に「憎悪」や「傲慢」「嫉妬」などが入り混じった心情に気づけなかったことです。
「学会員だから話せば分かってくれる」という甘い思いが仇となって、話せば話すほど揚げ足を取られ泥沼化しました。悪意や傲慢な人たちは、反応すると批判をさらに増長させます。
非公開で入れたコメントすら公開されたことがあります。
「切り文」を出して「奴はこんなことを言っていた」とやる。
そのようなことをする人に見えなかったのです。
当人は、いつもは厳格なことを言っておきながら、自分のことになると平気でそういうことをするのです。
「憎しみ」や「怒り」がそうさせるのでしょうか。
「私が正義」と傲慢になっているのでしょうか。
大事なことは、「学会員だから」という単純な理由だけで信用してはならないということです。これは後でひどい目に遭います。
彼らは冷徹で、人としての温かさが欠落しています。
問題は、そういう人たちであることが見抜けない自分自身の甘さ。
「学会員は良い人」というレッテルを貼った自分が悪いのです。
ネットは対面したリアルの世界ではありません。
そのことをしっかりと認識する必要があります。
このように批判したい欲望を持った学会員?も困りものですが、何の罪の意識もなく愚痴を延々と書きつづる学会員も困った存在です。
何百万遍も題目を唱えているのに不幸になるというような発言。
当の本人としては事実なのでしょう。延々と不幸を書きます。
そうして学会の信仰の無意味さ、虚しさを激しくアピールします。
鬱積した不満を吐き出し尽くすまで続けます。
そうして何年も愚痴ばかりを書いている人がいます。
それは気の毒ですし、また個人の自由ですが、私は「何という悪業を積むブログだろう!」と思うことが多いのです。
誹謗、謗法(ほうぼう)の罪は大きい。怖い。
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愚痴や悪口ばかり書いていると、頭も悪くなり、冴えない人生になるし、結局、損をする。罰を受ける。
しかもネットというのは良く似た境涯の人が集まりますね。
愚痴が愚痴を呼び、批判が批判を増幅させます。
同志誹謗が同志誹謗を増殖もさせる・・
さて、こういう人たちの罪業とはいかなるものでしょうか。
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