☆大樹ではないけれど.満足できる人生とは何だろうか。
他者に勝つことだろうか。
より良いモノに囲まれた生活だろうか。
愛されチヤホヤされることだろうか。
美味しいものを食べ、豪華な邸宅に生活することだろうか。
たしかにそういうことも楽しみだろう。
けれど、それは大きな幸せではないだろう。
大桜が爛漫と咲き、美しく散る俳句あり。
「大桜 残さず花を 散らしけり」
何という勝利の咏であろう。
一方、貴方は野に咲く花のようだ。
誰にも注目されないかもしれない。
ひっそりと、草原の奥の草むらに貴方はいる。
だからといって、あなたの花の価値が劣るわけではない。
太陽と風と瑞々しい空気の中で貴方は輝く。
イチロー選手が44歳になって戦力外通告を受け入れた。
往年の活躍は影を潜め、並みの選手になっている。
されど、彼は老いてなおスーパースターだ。
一方、私たちは名もない大衆の一人。
大衆という草原に、私は私の花を咲かせる。
貴方はあなたの花を咲かせる。
精一杯、自分らしく咲く。それでいいのではなかろうか。
その人生の花は何色だろうか。
毒々しく、気味悪い花がある。
清く誇らしい花もある。
一匹の昆虫が微かな羽音をたてながら飛んできた。
その虫は、貴方を見つけ翼を休めた。
貴方は労をねぎらうように蜜を与えた。
虫は歓喜して再び青空に飛んでいく。
私たちはこのように民衆の大地に生きている。
イチローのように何千万人もの人々が知る立場ではない。
でも、私たちはTVのスクリーンごしではなく、
リアルな現実の舞台にいる。
赤裸々な自分をさらしながら、私たちは生きる。
見てくれたまえ、世の現実を。
なんといやらしく、なんと醜い連中がいることか。
妬み、怒り、愚か、欺瞞に満ちているとは思わないか。
先日TVで「血みどろのやさしさというバトン」という言葉を耳にした。
何かの詩集の言葉のようだ。その詩集の名は知らない。
ともかく、やさしさは弱さじゃない。やさしさは強さなんだ。
血みどろになるぐらい努力が必要なんだ。
そうなんだ、そうなんだよ。
目一杯やさしく、美しい振る舞いをしよう。
周囲が目を三角にしていたり、拳を振り上げていても、
私たちは微笑みを絶やさず、危険極まりない道を笑顔で歩もう。
不軽菩薩の如く、俊敏に迫害をかわしながら、常に利他の人生を歩もう。
銭カネ、勘定ばかりのビジネスの世界にそよ風を送ろう。
勝っても虚しい人生がある。
負けたように見えて、実は勝っている人生がある。
それは以前に語りましたね。
sokamori2.exblog.jp/28272747/私たちは創価の子。三代会長の血脈の末裔。
経済競争、軍拡競争ではなく、人道競争で勝負しよう。
どれだけの人たちを幸せにできるかを競争しよう。
少なくとも、私たちの給料は生活に困らない。
老後には、年金もしっかり与えられる。住む家もある。
十分じゃないか。何の不満があるだろうか。
まして、貴方は得意の英語で世界の人たちと話もできる。
英語のできない私からすれば、うらやましい限りです。
私たちは輝ける地涌の菩薩なり。
創価学会仏なり。ありがたし。
希望の松明を掲げ、闇を照らしつつ歩む私たち。
あゝ我ら、雨にも風にも断じて負けない!
ほほ笑みを絶やさず、快活に生き抜く!
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