☆創価大学の講演より.中日友好協会副会長の許金平(きょきんぺい)氏が、
10月6日に創価大学で講演した。
以下に、聖教新聞で報道された内容の一部を抜粋する。
>私が創価大学を離れてから約41年の歳月が流れました。
創大での2年間は、私の人生で最も美しく、楽しく、充実した想い出です。
御承知の通り、1972年に中日の国交正常化が実現しました。
そのおかげで私たちは、初の国費留学生として
日本に足を踏み入れたのですが、
受け入れてくれる学校がありませんでした。
このとき、池田先生は“創大に来なさい”と
迎え入れてくださいました。
先生は私たちの身元保証人になってくださり、
75年4月、私たちは創大に入学しまいした。
私たちは77年に創大を離れましたが、
大学を離れる時に、盛大な「修了式」を行なっていただきました。
池田先生を始め、教員の先生方、学生の皆さんから、
大自然の美しい環境の中、家族のように包まれた日々は、
私は生涯の財産として大切にしています。
このご恩を返すために、中日友好に一生努力しようと決意しました。
私は創大を去った後、すぐに中国駐大阪総領事館に勤務し、
外交の仕事に携わりました。
その後、東京の中国大使館で働き、また、中日友好協会で
民間交流の事業に全力で取り組みました。
今年は中日平和友好条約40周年、池田先生の中日国交正常化提言
発表50周年という記念すべき年です。
池田先生は両国に平和の「金の橋」を架けるよう呼びかけられました。
私たち、第一期の中国留学生は、この金の橋を渡って日本に来て、
創大に学び、両国関係を発展させる大事業に投身しました。
中日の友好を実現するには、広範囲な民衆の参加が必要です。
特に若い世代が参加していかなければなりません。
両国の美しい未来を作るために、両国の民衆、青年に
希望を託さねばなりません。
後輩の皆さん、いかなる職場、いかなる職業にあっても、
世界平和に貢献できる人材、創大卒業生の名誉に相応しい人材に
なられますことを期待してやみません。
(聖教新聞2018年10月11日より)
以上は長文の公演内容を短縮したものです。
講演者は、創価大学と池田先生に感謝していました。
この人間としての心情は、真実なのだと感じます。
さて、以上、創価学会と中国の動向を申しげました。
この内容だけ見れば、中国と創価は円滑に見えます。
しかし、日中の関係は修羅場なのです。
この温度差は何故、生まれているのでしょうか。
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