☆成し得る全てを成す.人の一生の始まりは、本人の意思に関係なく生じます。
ある者は宮殿に生れ、ある者は大衆の民家に生れる。
そうして、個々異なった国、地域、環境に育ちます。
森に生れるもの、砂漠に生れるもの、漁村に生れるもの・・
そうして死もまた、本人の意志に関わらず訪れます。
人生は現在進行形で、常に未知との遭遇です。
そんな人生の中間に運命的な「定年退職」があります。
今、定年までに残された私の時間は、5カ月です。
最後の1カ月は有給休暇を使いますから、
実質、本年の終わりまでの4カ月が「残された時間」です。
私の今の感想を云えば「私の青春が終わる」という感じがします。
27歳の転職から歩んだ33年間の果ての「引退」とは、
そう、あの離婚劇の只中で必死に百万遍を唱え、
1万2000日に及ぶ大冒険の旅を続けての
その終点が60歳という「定年」です。
ありあまるお金がある訳でなく、
しかも会社は残留を望んでいますが、
でも、私は引退いたします。
私にとって27歳からの33年間は、まさに「奇跡」でした。
愚鈍で、決して恵まれた力のない私が、今まで32年間、
会社の企画・研究部門で責任者として歩めたこと、
そして、残り5カ月、今も会社に必要とされていること、
その立場で、歩み通せるとしたら・・
私には一点の悔いもないことです。
これは、私の原点となっている27歳の実力から見れば、
想像を絶する、驚くべき人生です。
以下に、27歳当時の体験手記を示します。
sokanomori.exblog.jp/15414508/最後の仕事は、部下を責任者にすることです。
私がいなくなることで、真に後継が本物に育ちます。
それが、会社へ、部下・同僚への満額回答です。
その引退は、55歳の時の出来事が切っ掛けで決意したのでした。
以下に、その当時の記事を示します。
sokafree.exblog.jp/24560801/sokafree.exblog.jp/24574877/この記事に私は次のことを記しています。
>「あなたはなぜ見たのか」ですって?
生き馬の目を抜くような修羅の世界に嫌気がさしましてね。
この映画で心を洗いたかったんですよ・・
引退したら語ると思いますが「生き馬の目を抜く」人生、
「椅子取りゲーム」の人生から脱却したい。
ビジネスは、ある意味「戦争」のようなものです。
勿論、社員全員がそんな世界に生きていません。
普通に、楽しく生きている人々も沢山います。
でも、私は経営の立場にいて、厳しい現実の中で生きてきた。
私が今の重責を果たせるのは60歳まで。
そう決めたし、ゆえに引退します。
無事に終えること、ハッピーエンドにすること、
最高の引退とは何かを突き詰めながら、
残りの日々を歩んでいます。
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