☆労苦と使命は宝である.現在、「使命シリーズ」を記事にしていますが、
千早さんから、収集されていた記録から使命について
池田先生が指導されている内容をピックアップして
メールくださいましたので、以下にその主要な
部分をご紹介申しあげます。
>使命とは誰から与えられるものでもない。
自らが決然と選びとるものだ。
>限りなき価値創造と現実変革のために、
戦って戦って戦い抜く、強靭なる「精神の闘士」なのであります。
そして、その人こそ、人生の最後の勝利者となる。
所願満足の人生を悔いなく全うすることができる。
>わが身をなげうって、不幸の人、貧しい人、苦しむ人を救っていく。
これが大乗仏教である。創価学会の魂である。
これを忘れたら、何のための学会か。
>労苦と使命のなかにのみ、人生の価値は生まれる。
この世に生まれてきたということは、
尊い使命を持っているということである。
使命のない人はいない。
>今日の問題は何か。今日一日の使命を果たすことだ。
今日の使命とは何ぞ。自己の境遇にて戦うことなり。
使命は、自覚から生まれる。
現実生活に根を張って、自分の使命を自覚できる人は幸せである。
その人は、人間として、最高の人生観をもった人である。
>幸せになるために信心するのではなく、
使命を果たすことによって幸福になれるのである。
使命を果たすという一念がない限り、本当の幸せはない。
>誓いを忘れず―不忘の人生は荘厳である。
>縁する一人一人に勇気を贈り、希望を贈りながら、
自らの使命の国土に、平和と幸福と繁栄の
人間主義の世界を厳然と創り出していく。
これが創価の青年の底力です。
>「地涌」という言葉は「大地に根を張れ」と教えてくれる。
現実に目をそむけるのではなく、自分のいるところで
良きことをなすことの大切さを教えてくれているのである。
一人の女性が、使命の大地で勇気に燃えて立ち上がる時、
地域も社会も変わり始める。
>だれも見ていないところで、どれだけがんばれるか
そこに、その人の真価が磨かれる。
華やかでなくともよい。平凡でもよい。
人知れず「今に見よ!」と歯を食いしばって、
学び、鍛え抜いた人が、自分らしい使命と
勝利の花を咲かせるのである。
>タゴールは、愛する妻と次女と末っ子を相次いで亡くすという
痛ましい不幸を、自らに課せられた試練としてうけとめ、
人類の幸福と平和を目指すという使命の大道を
雄々しく闊歩していったのであります。
偉大なる使命にめざめた人は、自らの悲哀を超え、
次なる想像へのバネとしていくものであります。
>五濁悪世のなかにあって、青春の使命を生き抜くには、
究極的には正義と勇気と慈悲の源泉である“仏界”に
根ざした生き方を全うする以外にない。
青年期の信念を死のまぎわまで燃やしつづけるところに、
真実の健康、青春が輝くといえるからであります。
>自分は、自分自身の使命を帯びて生まれてきた。
それを、人のうわべの姿だけを見て、人と自分を比べ、
あの人は幸福そうで、私は貧しいと比較する。
それは、最も愚かなことだ。
>人との連帯、励ましあいのなかでこそ、人間は生きがいをもち、
使命感や向上心を失わずに進んでいくことができる。
>あなたにはあなたにしかできない、この世の使命がある。
何を疑ったとしても、このことだけは疑ってはならない。
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