☆仕事が楽しい理由.現在、創価の森通信で転職一周年の記事を連載中です。
そこで4話に次のようなコメントを書きました。
>みんな「楽して儲けたい」「儲けて遊びたい」じゃないですか。
でも、こういう仕事のように「大変」な仕事の中に
シビレるような大歓喜があるんですよ。
私は楽をしたいとか、遊びたいとかないんです。
贅沢なんてむしろ嫌ですしね。私は善いことをしたいし、
世のため人のために働き続けたいのです。
(sokafree.exblog.jp/30418615/より)このことについて、以下に補足説明いたします。
私、「幸せの正体」を見つけちゃったんですね。
と、いっても20年近く前ですけど。
「幸せは仏になること!」と悟ったときから、具体的には
妙法の「菩薩」として生きることを知ったときから、
私の人生はコペルニクス的に変わりました。
菩薩とは悟りを求め、修行を重ねる人を意味していますが、
得た「確信」(迷いのない状態)は仏そのものです。
菩薩には文殊 (もんじゅ) ・観音・薬王など、無数に存在しますが、
これらは何なのかというと、具体的には文殊とは「智慧」、
観音とは「苦しむ人々の声を聞く」の意味、
薬王とは「人々に薬を与える」人のことです。
今に譬えるなら(意味するところは)発明家やアドバイザー、
医師や看護師の立派な人のことになります。
菩薩と付くからには、人々を救済する働きをする人であり、
藪医者や無責任な評論家は対象外になります。
私は今、介護の仕事をするようになって、ものすごく幸福を
ビンビンと毎日感じられる生活をしていて、
この生活をずっと続けたいのですが、それは仕事が
世のため、人のための仕事だからです。
「贅沢がいやだ」というのは、贅沢には世のため
人のためがないからで、だからいらない。
むしろ問題解決のために苦労したいのです。
そもそもボランティアってそういう精神ですよね。
わざわざ苦労の現場に出向く。その理由は、
その仕事が楽しいからなんです。
善い事をすること以上の幸せなんてありません。
ですから介護職は最高の仕事なんです。
尚、自利、エゴの人は介護職は苦痛でしかないでしょう。
境涯によって、良し悪しは変わるでしょう。
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