☆「薄っぺら」の価値.>自分を演じていくしかないという事ですね。べらべらしゃべる人間には薄っぺらい人格の人間が多いように感じますが、しゃべるほうが職場やいろんな場所では勝ちなのでしょうね?
前回の「ありのままの自分で好かれるの?」記事を添付します。
→sokamori2.exblog.jp/31345037/※以下の記述は私見であり、確定的な内容ではありません。
あくまで「私の生き方」「私の信念」で、万人に
「こうあるべき」と申し上げるものではありません。
私は、上の質問者のコメントに次のように申し上げました。
>演じることは重要です。そして「うすっぺら」も大事。
そのことを次の記事に書きましょう。
私は昔、薄っぺらをバカにしていました。
しかし、27歳の時、転職してから様々な教育を受けて
考え方が180度変わりました。
教育の内容は、過去にもブログに記してきました。
大事なことは「山になるのではなく海になる」ことであり、
「かわいらしさ」であり「明るさ」でした。
「海になる」に関する記事を以下に示します。
→sokamori2.exblog.jp/19962446/声も低いと注意されました。低いと「暗く聞こえる」から。
朝の愛情あふれる挨拶、笑顔での感謝の表現・・
手の振り方も脇をを締め、アイドルのように
可愛らしく左右に振ることまで教わりました。
腰の低さ、爽やかで軽快な振舞い・・
それらの教育の目的は「営業マン」の心得だからです。
TVの通信販売の解説者を見れば明らかです。
明るい「高い声」で、笑顔で話します。
私が教育を受けた模範を見る気分です。
ハードボイルドに生きたい人はそれでいい。
でも、私は周囲に安心感を与えたいし、
周囲を威圧したくないし、軽快に振る舞いたい。
そういう生活を続け、私は職場の圧倒的多数の社員と仲良くなり、
退職した今も、年賀状は150通出しています。
重きを置くのは「相手に対して」であり、自分ではありません。
「偉そうにする」ことはとことん避けます。
相手を上座に置き、自分を下l座に起きます。
飲み会に行っても、私は下座に座るのです。
そういう教育を受け、もう自然に
スーッとそういう身のこなしになります。
あくまで私の生き方です。ただ、私はその生き方が
一番有効だったし、その生き方をこれからも
続けるし、良い事と思っています。
※以上は、あくまで私の生き方です。
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