☆ウソ、話半分、その通り.
以下に、購入した通勤用のクルマの写真を添付します。

写真解説「乗り出し価格130万円で購入した新車のミライースです」
およそ宗教(仏法)は何のためにあるかというと、
生老病死の四苦を解決するためです。
気休めや葬儀のためのものではありません。
四苦を解決するためのものなのに、
今の伝統仏教はどれもこれも
「殿様商売」で、来るものは拒まず、
去る者は追わずで、しかも来る人は皆、
観光目的で、まるで遊園地や
テーマパークに行くようなものです。
神社でも寺でも、不幸な人たちが悩みを打ち明けて、
その悩みに対してアドバイスをする
ということが行なわれているでしょうか?
少なくとも、今の伝統仏教はそんなことをしていない。
彼らは複雑怪奇な現代社会の中に
生きておらず、アドバイスはできない。
先日、日顕宗の信徒が「仏法は理屈」との
意見をブログに投稿されていました。
理屈とは文証と理証ですね?
その後に続く、もっとも大事な実証(功徳)こそ、
宗教の根幹なのにどうしました?
インターネットを見れば、どれもこれも
理屈のオンパレードで、何も仏教に頼らなくても
何ら生活に困らない時代です。
ただ、葬式だけはできないから、その都度、
寺に頼んでいるに過ぎない。
新興宗教がなぜ存在するかというと、
伝統仏教が不幸な人に手を差し伸べないからです。
伝統仏教は剃髪(ていはつ)して袈裟を着て、
日長、寺にこもっているだけです。
※病気を治せない医師は藪医者と呼ばれますが、
人々を救済できない僧はコスプレ僧です。
一方、新興宗教は現実の問題を解決するために
正邪は別として不幸な人たちの
世話をするし、不幸な人たちは
その支援を受けて信仰をしています。
さて、私は先日、通勤用の軽自動車を購入しました。
ABSや白線に接近すると警報音が鳴る仕組みや、
ナビや対人センサーもあって、
何より燃費が良いクルマらしく
それを期待して買ったのです。
カタログは宗教で言えば文証、理証であり、
実際に購入して乗ってみないと
良いか悪いかは分かりません。
で、実際に乗ってみると確かに良かったのです。
期待値以上でした。ただし、燃費は街乗り
リッター25kmという事前情報に少し足らず
22~23kmでした。でも満足しています。
これが実証なのであります。
実証とは「現実の効果」「現実の性能」です。
理屈は実際に証明されなければ単なる空論です。
不幸が幸福に変えられないなら
創価学会も不要の宗教ということになる。
それは他宗とて同じです。
日顕宗には「カイダン」があるのですから、
さぞかし正宗信徒は功徳に溢れ、
ピカピカの人たちばかりでしょう。
ならばその功徳を情報発信してください。
私は15年間、功徳を15年間書き続けています。
あなた方が「劣る」とか「偽物」と
批判する創価の功徳に、本物が
負けるはずはないですね?
では、どんな悩みで、どう解決できたのですか?
いつ、どこで、どのように変化し、
今の幸せはどのようなものですか?
さあ、語ってみてください。
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