☆犯行を正当化してはならない.2022年7月に発生した衝撃的な殺人事件から3年・・
判決が下されようとしているものの「3年もかかった」ことに「何をいまさら」との思いがあります。マスコミは犯人についてほとんど批判せず、その矛先を統一教会と統一教会と関係のあった議員へ向けた。世論はそこに誘導され、殺された安倍元首相すら悪者にされ、統一教会弾圧へと向かわしめた。
恨みがある。相手が悪い。だから殺した。その犯人は可哀そうだ。殺された人間が悪い。宗教が悪い・・このストーリーは正しいのだろうか。正しいなら、世界中のテロを称賛することになりはしまいか。イスラム原理主義の同時多発テロすら正当化されてしまう。
統一教会だけを悪者にし、宗教を有害なものにし、信者を洗脳された哀れな人々に仕立てる。そして、その支援を受けた政治家は悪者で、だから犯行はあるていど許そう・・そんなストーリーではないか。
宗教はアヘンで宗教は洗脳である・・しかし伝統仏教は正しい。悪いのは新興宗教だ・・何なのか。伝統仏教は問題ないのか。一方で宗教が批判され、一方で宗教が肯定される・・では、肯定されている宗教の中身は何だ。同じく供養という形で資金を得ているではないか。どこかの政党を応援しているではないか。伝統仏教は正義か。彼らは崇高な存在か。
ともかく、殺人犯を正当化する報道には賛同できない。
山上徹也の犯行はただごとではない。
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